龍門司焼 次郎太窯

龍門司焼きは、薩摩焼三大系列(苗代川、堅野系、龍門司系)の一つです。
約四〇〇年前、島津義弘候が朝鮮より陶工達を招致、串木野に始まり、美山の苗代川、そして島津義弘候の加治木移動に同行した芳仲は加治木に吉原窯を築陶しました。
その後山本窯(山本家)を川原藤兵衛が引継、薩摩焼の中でも独特の技法をうみだし、特に龍門司焼きの特徴である上薬を完成させました。

龍門司焼には、現在2軒の窯元(次郎太窯、龍門司協同組合)があります。
戦前は多くの家が焼き物を焼いていましたが戦後は4軒となり、このままでは龍門司焼きがなくなるとの危機感から、現次郎太窯陶主である、川原輝夫氏の父を中心に、龍門司焼協同組合をつくりました。
中心者である川原軍次氏は、陶業界第1号となる無形文化財に指定され、龍門司焼きの名は、全国に知れ渡ることとなりました。

川原軍次の跡、龍門司焼の歴史と技を消さないようにと、現「龍門司焼 次郎太窯」を開きました。

「売れなくても、この器で生活できなくても龍門司焼きの歴史を、心をこれからも守っていく」と、その心のこもった作品をご覧下さい。


龍門司焼
鹿児島県姶良郡加治木町小山田
龍門司焼
有形文化財登り窯


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