田の浦窯


薩摩焼の始りは慶長3年(1598年)慶長の役(朝鮮出兵)にさかのぼります。

当時は茶道の流行期でもあり多くの藩が、陶器の高い技術を持った朝鮮の陶工達を連れ帰り焼き物を始めました。それが現在の薩摩焼、萩焼、有田焼、上野焼、高取焼に伝承されています。
時の薩摩藩主、島津義弘公は千利休の弟子でもあり茶の湯だけでなく焼き物も大切にしており、義弘公も80人の陶工を招致しました。
陶工達は、鹿児島県の串木野に上陸後、美山、前之浜に開陶しました。
これらが堅野系、龍門司系、苗代系に分けられます。
1855年島津斉彬公が磯邸内に磯お庭窯を開きました。
田の浦窯はお庭焼窯、御用窯として栄えた堅野系の流れを継いでいます。


鹿児島市清水町

表示方法: 写真のみ一覧説明付き一覧

3